昨今では結婚紹介所のような所も

一定期間の交際を経たら、決断する必要性があるでしょう。どうであってもいわゆるお見合いは、最初から結婚を目指したものですから、決定を引き延ばすのは失礼だと思います。
いわゆる結婚相談所・結婚紹介所には婚活を目的としたWEB婚活サイトを、公開している所だってあるようです。名の知られた結婚相談所自らが運用しているシステムだったら、危なげなく使うことができるでしょう。
お見合いに際して起こるごたごたで、群を抜いて後を絶たないのは遅刻になります。こうした待ち合わせには決められた時刻より、ある程度前にその場所に間に合うように、最優先で家を出発しておく方が無難です。
ざっくばらんに、お見合い的な飲み会に出席してみようかなと思うのなら、料理教室やスポーツイベントなどの、多彩なプランニングされたお見合い系パーティーがいいものです。
大手の結婚相談所や結婚情報会社を使用するのであるなら、能動的になって下さい。代価の分だけ奪い返す、という程の気合でやるべきです。

お勤めの人が殆どの結婚相談所、医療関係者や会社オーナーが多数派の結婚相談所など、登録している人の人数とか会員の枠組みについても一つずつ目立った特徴がありますので、自分に合った所を見つけましょう。
結婚の展望について当惑を肌で感じているなら、潔く、結婚紹介所へ助言を求めてみませんか。1人でうじうじしていないで、たくさんの功績を積み重ねている職員に自分をさらけ出してみてはどうでしょう。
有名な結婚紹介所が実施している、婚活サイトでしたら、コンサルタントが好きな相手との仲介してくれるサービスがあるので、お相手にアタックできないような人にも人気です。
婚活会社毎に雰囲気などが多種多様であることは真実だと思います。そちらの意図に合う結婚相談所を探しだす事が、希望条件に沿ったマリアージュへの最も早い方法なのです。
どこでも結婚紹介所ごとに参加する人の年代などが千差万別といってもいいので、間違っても大規模会社だからといって思いこむのではなく、ご自分に合う会社をリサーチすることをアドバイスします。

全体的にどんな結婚相談所であっても男性が会員になろうとする際に、就職していないと参加することがまず無理でしょう。正社員でなければ許可されないでしょう。女の人は構わない場合が大部分です。
友人に取り持ってもらったりよくある合コンといった場合では、出会いのチャンスにも限りがありますが、出会いをプロデュースする名の知れている結婚相談所、結婚紹介所においては、毎日結婚相手を真面目に探している人間が入れ替わり立ち替わり加入してくるのです。
大体においてお見合いは、適当なお相手と結婚したいからお会いする訳ですけれど、しかしながら慌てても仕方ないものです。結婚というものは人生における大勝負なのですから、勢いのままに行うのはやめておきましょう。
結婚する相手に狭き門の条件を要望する場合は、入会審査の厳格な結婚紹介所、結婚相談所を選びとることによって、密度の濃い婚活の可能性が見えてきます。
昨今では結婚紹介所のような所も、様々な業態が存在します。あなたの婚活仕様や提示する条件により、結婚紹介所なども選べるようになり、ワイドになってきました。

女優さんはキレイ

随分と前になります。
2000年頃ではないかなと思います。
羽田空港で、池上季実子さんの御身足を踏みました。
私がフザケてたからイケナイのです。
笑いながら後ろ歩きをして下がっているとムギュッと何かを踏んでしまい「すんまっせん!」と慌てて振り返ると、ごく近い位置に池上季実子さんのお顔があって、それはそれはビビりました。
きれいな方ですが、さすがに歳は隠せません。
「テレビの照明って、すんごいんだなぁ」と感心しました。
「いえいえ、大丈夫ですよ。」というような優しい言い方をして下さいましたので、それも好感度アップアップです。
でも相応に、お歳は感じました。

以前由美かおるさんをお見掛けしましたが、あの人は「奇跡の人」です。
吉永小百合さんも「奇跡の人」。
小さい頃に「キューポラのある街」を見た時には、こんなおっぺしゃんをパパは好きだったのか!と驚いたのですが、いやいや今となれば負けなしですね、あの方。
松坂慶子さんは、リサイタルの時にバイトで私入ってましてお見掛けしたのですが、その時は「こんな綺麗な人が世の中に居るのかっ!」と腰が抜ける程の美しさ。
それが後に空港でお見掛けしたお姿はちょっとばかしガッカリで「人間歳には勝てないものだ」と。
この方も池上さん同様お綺麗だったんですよ、お年なりに。
そこは流石です。
流石ですが、少しお肉が巻きすぎてました。。。
それに見慣れたこの頃では、色気に見えないことはない。
女優さんってのは、ずっとずっと女優さんなのだなと感心しています。

近頃松田聖子さんが「手の入れすぎ」で、妖怪然に見えてきてしまいました。
最先端のアンチエージングをし過ぎなのではないのか!と睨んでいます。
ひっぱってひっぱってに見えてしょうがない。
山本リンダさんが「入れ込んで入れ込んで妖怪」に見えるのですが、松田さんはそれと別の「ひっぱってひっぱって妖怪」で、出される結果は等しく「怖い」なのです。
「私にはそう見える」だけの話。
ほんとに入れたり引っ張ったりをご両人なさってるかどうかなど知るよしもないですから、勝手なことを言ってるだけです。

普通生活者の私自身は諦めるでもなく腐るでもなく「まぁいいじゃん!年は取るものだ。」と、甘受の姿勢で行くつもりです。
つまり、変に飾らず年相応でいたいというわけです。

30代を過ぎた私には、私なりのやり方があるんだと思っています。
それを踏まえた上で、婚活も進めているつもりです。
自分にピッタリのお見合いパーティーを選ぼう!」ってこと。
実際、変に飾らな方が受けもいいと思うし、出会いもある。

女優さんはテレビの向こうだからこその魅力なのでしょう。

適当に

人生折り返しと言いますが、ゴールを平均年齢とすれば85才程度がそのラインですね。
折り返しは42〜3才と言うことでしょう。
23才からいきなり加速がついて、それまでは「まだ1年経たない。。。」と思っていたものが、もう年末かい!と驚く速さ。
その繰り返しで20代30代はあっという間でしたが、40代に至っては記憶力も劣化ですから「今いくつ?」とそれすら覚束無い。
体力もあって頭もスキっとしていておキレイで。。。なんて時期は40までの話ですから、その後の45年間というものは、ポンコツで走って行けねばならないという理不尽(笑
それ以上長生きでもしてしまえば、ポンコツ時代のほうが長くなってしまうわけで、こんな悲しい事はないです。

私は元々運動能力が劣悪ですから、20代でも30代でも40代でも出来ないものは出来なかったのです。
出来るもののほうが少ない。
今になって出来なくなったというのではないのです。
「衰えたな」というより「いくつになっても出来ないものは出来ないのだな」という話です。
それがバリっと出来ていた友人の足がもつれて転ぶ姿だの、気持ちの速さに身体の速度が付いていかない姿でオットットを見かけると、腹を抱えて笑います。
「どんだけ老いさらばえてんの???」
「もともと出来が悪い私」の衰えは、出発点のレベルが低い分緩やかですから目立ちません。
「もともとできた人間」は「なんで?」と見ているほうもなりますし、何よりも自分自身のショックのほうが大きい。
それにね、能力的に劣っていた方は「なんとか誤魔化そう。なんとか遣り過そう」としてきたので、要領が良くなっていたりするのです。
一寸のことでも「案外出来るようになっている。。。」などと、勝手に相手が感心してくれます。
スタートが高い位置にあった人は、「どうしちゃったの???」と言われる一方で、それは気の毒ですなぁ!
とまぁ、そんなところで若い頃に「どうして出来ないんだ!」と大笑いされていた恨みもありますからね、弱みを見つけたが最後、ここで息の根でも止めておかねばなりません。

にんにく関連だったかな、筋肉を見せつけてるジジイが裸で出てくるCMありましたよね。
あれが若い頃、気持ち悪くて気持ち悪くて。
「そこまでいつまでも肉体誇示に集中せんでいいやろう!
こんな頭の中身がないような肉体だけのジジイが増えたらどーすんだ!」と毛嫌いしていました。
「きっとこんなジジイは機会さえあれば若い子と浮気のイッチョもしてやろうと思ってんだ!」
と、ごく否定的でありましたし今も毛嫌いはしていますが、ただ「維持している努力」を考えるとナミナミナラヌモノダネと理解は出来るようになりました。
あれは大変だよぉ。

でもまぁ、私としては細く長く適当なところで。。。を目指してますから、そこまで肉体を鍛えるつもりはありません。
「おっとっと。。。」と躓く友人を馬鹿にして、笑える程度の能力が残ってくれれば本望です。

先日、私を心配して友達が紹介してくれた大阪でオススメの婚活パーティーでも、この自然体のままのキャラでかなり受けが良かったです。
ありのままの自分を出すって難しいけど、変に自分を変えようとしないのが最善の策?
変にキャラを作るとボロがでるというか。

とりあえず、人生も折り返しまでとはいきませんが、気づけば随分先まで来てます(笑)
このままの私で次のライフステージへステップアップしたいと思います。

今日は雨

僕は雨が降っていると、家から歩いて数十秒のコンビニにさえ行きたくなくなります。
体が濡れるって嫌ですよね。あの不快感。
言葉で表せられないけれど、自分の中での不快感ワースト3には入ります。

でも小さい頃は、雨が嬉しかったりしたものです。
幼少期って自分の周りを取り巻く環境が少し変わっただけで、なぜか興奮したものでありまして、いつもの砂場が雨でドロドロになろうものなら、顔、手、服をグチャグチャにして泥んこ遊び。

しかし、子供の頃の後先考えずに楽しむ気持ちは、もう絶対戻らないでしょう。
泥んこ遊びも、もうすることはないでしょう。
なんか悲しい気持ちになりそうですが、でもこれってやっぱり成長ですよね。
服を泥だらけにして帰るとやっぱりお母さんは怒ります。
泥んこ遊びをしなくなったのは、お母さんの手を煩わせないようにしようって気持ちがあるんでしょう。
小学生から中学生にでもなると、様々な遊びを覚えます。
これは自分で何をして遊ぶか、というのを見つける力をつけたのでしょう。

人間、昔を美化したくなってしまう気持ちがあります。
もちろん、小さい頃って、純粋に物事を見れたり、手放しに何事にも喜べたり楽しめたり、逆に地の底まで気分を落ち込ませてしまったり、感情豊かで素晴らしい部分はあります。
でも今の自分ってそれを経てきてるんです。
考える力がついたからこそに今があるんだと思います。

雨が降っていると嫌だなって感じることは、子供の頃の感情とは真逆になってしまうのですが、そこには今までの歴史があるといっては、話が大袈裟な自己肯定になってしまいそうなのでそろそろこのへんにしときます笑。

なんにせよ、こんなイヤーな日には、この気持ちを少しでも皆様にわかってもらえるように、駄文をセコセコ書くんです。

それでいいんです。

僕の親友がもたらす変化

僕には大親友がいます。そいつは何でも知ってるし、ゲームを何千個以上も持っていてるし、世界中の人とつながれたりするし、電話になったりします。
そうです。iPhoneです。
本当にこいつは優れ物です。暇さえあれば一日中こいつを触っています。

最近では、スマートフォンを持ってないと恥ずかしい、なんて時代になって来ました。
様々な機能を搭載するスマートフォンですが、この流行によって、僕は博識な人間が増えるだろうと、予想したりします。
なぜかというと携帯に比べ「分からない事を調べる」ということに対する敷居が、格段に低くなったと思うからです。
パソコンを使って、なにか調べ物をするということが外でもできるようになったような印象です。
もちろん携帯電話でもネットはでき、調べることは可能だったのですが、なにぶん使いづらかったように思います。
それに比べ、小さなパソコンを使ってるような印象を皆に与えるスマートフォンは、スムーズに検索作業が出来るようになりました。

これだけ簡単に物事を調べられるようになったということは、環境が変わったということになります。
やはりそこになかなか対応できないのが基本的にお年寄りの世代です。
その中の声として、「分からないからといってすぐ調べていると、考える力がなくなる。」という意見があるそうです。
でも僕は、答えの分からないまま考え続けてひねり出した答えが間違ってるほうが問題じゃないかと思うんです。変に自信をもっちゃうし。
考えることって答えが出たあとでもできると思うんです。確実な答えと共に物事を考える、そっちの方がよほど建設的だと思うのです。

スマートフォンが普及することによって、同じ若者として、「最近の若者は〜」なんて言われることが少しでも減っていけばいいなと思う今日この頃です。

レバ刺しが…

今年の6月に、完全にお店からレバ刺しが消えます。
レバ刺し好きとしては、こんな禁止令が通っていいのだろうかと疑問に思います。

ことの発端は、誰もが記憶に新しいあの事件。
焼肉チェーン店で生肉を食べた客5人が死亡した集団中毒事件です。
人が死亡したとなれば、行政が手を尽くすのは当然のことだとは思います。
しかし、全面禁止にする必要もなければ、懲役を科す必要もないと私は考えます。

確かに、生ものというのは危険が伴う食べ物です。
生レバーだけではなく、刺身にしたってそうだし、火を通したものであっても、状態が悪ければ死に至る可能性は十分にあるのです。

私自身に限って言えば、生魚も生肉も生の貝類も甲殻類も、全てが好物です。
それは、私自身が選択して食べているものです。
ある意味楽しみの一つでもあります。
その楽しみを、なぜ厚生労働量に奪われなければならないのでしょうか?

食中毒というのは、体調によって発生するものとも考えられます。
食べ物からのリスクを取り除くのは、究極を突き詰めてしまえば、生あるものは食べるべきではないということになってしまいます。
つまり、人間に食べるべきものは一つもなくなるということです。

この集団中毒事件が起こった後に、二つの考えがはびこっていました。
私のようになぜ規制をされなければならないのかという考えと、生ものなんて食べなくても生きていけるという考えです。
後者の考えは、結局は自分のことしか考えていないのです。
食べなくても生きていける自分達のことだけ。
それを食べることによって食を楽しむ人も沢山いるのだから、規制をする意味は全くないと思います。

厳しい規制をすれば、本当に見えない所で食べ始める人が増えるでしょう。
その方が、かえって危険のリスクを生みやすくします。
生ものを扱う店としての最低限のルールを守らないお店を取り締まれば、何も問題はないと考えます。

ただでさえ、看護の現場は忙しいのに患者がこうも増えていくと大変ですね。
でも、その分の需要は増えるので看護師に転職でもしようかと悩んでいます。

恋愛欲の低下の一因!?

最近のニュースで、「20代から30代の男女を対象に実施した『第1回 恋愛観調査』の結果によると、男性の35%、女性の24.3%が「交際経験無し」と回答した。」ってものがありました。

この記事を見て思うのが、このパーセンテージはこれから確実に増えていくのだろうっていう事、さらにこれには現在のオタク文化がかなり関係しているのだろうなということです。
今の40、50代の人々はこの結果をみて「情けない」「最近の若者は」なんて感じるでしょう。
しかし昔は今ほど、これだけバラエティに富んだコンテンツなどありません。
否が応にも興味の対象は生きた異性となっていたのでしょう。
今世の中には、娯楽があふれています。何かをして楽しむときに相手は生きた人間でなくていいのです。
僕は、異性と何かをするのはとても楽しくて刺激的なことだと思います。
しかしそれを面倒くさく感じ、ならば自分一人で楽しいことを模索したくなる生活も理解できます。

オタクの用語として、「2次元」、「3次元」と言った言葉があります。
2次元というのは、アニメ、漫画などのイラストのことをいいます。
3次元というのは、生きた人間のことを指します。
今この2次元のアニメや漫画は日本での一大文化となっています。一枚の絵に大金を掛ける人が、たくさんいるのです。現在そういうアニメとコラボレーションすることで、成功した事業も多くあります。
お金が集まるということは、さらに発展していきます。生きた人間のように欲望を満たしてくれるコンテンツが増えていくのです。

こういったことには色々な問題が出てきます。
人とのコミュニーケーションの問題や少子化問題。
しかし一人一人が楽しむということについてはとても行き渡った世界になっています。
どうすればいいのか僕にはわかりませんが、もう「オタク=気持ち悪い」では済まないことになってきているんだと思います。

子供と親

僕はどちらかというと子供はあまり好きじゃないです。だって空気が読めないし笑。
もちろん子供とは何も考えず行動するもので、そこに対して、とやかくいうのはお門違いってもんです。
なので、いろいろと考えてしまわないように、極力子供と接する事のないよう生活しています。

ただ、大嫌いってわけじゃないんです。ふとテレビで見る子供は可愛かったり、現在多方面で活躍中の子役の子供たちの小さいながら頑張ってる姿は、見ていて微笑ましくなるもんです。

でもやはり悪い方に目を向けるといるんですね、どうしようもないやつらが。
公共の場で平然と人に迷惑をかける悪ガキは見ていて不快感を煽られます。
ただこういうのはほぼ100%親の責任です。
親を見ると大抵、髪の毛は金色、服はド派手、言葉は乱暴だったりします。
あーあって思いながら僕は完全に無視です。

ただまた別の日に悪ガキに出くわしました。
また親はヤンキー上がりのチャラい奴らなんだろうと思って見てみると、至って普通の出で立ちの人、むしろ真面目な感じだったりします。
こうなってくるとあーあっていうより絶望です。
もう常識をもった、まともな大人になれる子供など、この世にいないんじゃないかとさえ思えてきます。

目に余って、注意すると、「自由にやっているうちの子供に何をやってるんですか」と言い返してくる親が多いようですが、いくら考えて考えぬいても、理にかなってないと思います。
実際に子供を持ってみないとわかんないものなのでしょうか?
いや分かりたくもないです。

これからやってくる、いやむしろやってきている少子化の時代。
だからといってあまり自分の子への異常な愛は、様々なものを犠牲にしていることをわかって欲しいものです。

お酒での失敗

僕は、お酒で失敗したことが何度かあります。お酒って怖いです。
酔っ払った時に本当の自分が出る、なんて言いますが、あんなの本当の自分なんかじゃありません。赤の他人です。だってもう行動が意味わからないですもん。

あれは大学生のときでした。
大学生といえば、何かと飲み会があるものです。
サークルの歓迎会、送別会、友だちとの飲み会、などなど。何かにつけて飲み会です。
今思えばなんであんなに飲み会にいける元気があったのか謎です。
僕自身お酒はまぁまぁ強い方で、周りの皆が酔いつぶれていくのを笑ってみてるのが多かったです。
しかし、いろんな飲み会をしている内に、いつも酔いつぶれない僕が癪にさわったのか「あいつを潰そうぜ笑」と、友達の中で計画し始めたのです。
そしてまた飲み会があり、ニヤニヤしながら皆僕の周りを囲みます。
並べられる焼酎のボトルの数々、僕に向けられるイッキのコール、さすがの僕も数時間もすれば完全に出来上がってしまいました。

飲み会も終わり、外に出てみんなが「次はカラオケだ」と向かっていく中、何も言わず僕はフェードアウト。
記憶も曖昧な中勝手に家に帰り出しました。
そこから覚えてる事といえば、2つあります。
1つ目が、なぜかパチンコ屋に出たり入ったりを繰り返しだしたこと。ギャンブルに対する欲望でもでたのでしょうか笑。
そしてもう1つが思い出したくない過去なんですが、電車の車両内で嘔吐したことです。やばいということはわかっていたのでしょう。僕は自然と各駅停車の電車に乗っていました。いつでも降りてトイレにいけるようにと。
しかしまだ走行中にしんどくなり、僕は吐いてしまったのです。周りから聞こえる小さな悲鳴。
ちょうどそこでドアが開き、僕は逃げ出してしまったのです。
もう人として最低です。
「飲み会なんてもう行かねぇ」と心に決めたのでした。

あの時の乗客の皆さん本当にごめんなさい。

女々しい男が増えている!

女の子はもちろん、男同士でも話していると恋の話になったりします。
みんな人の色恋沙汰は大好きです。僕もそういう話を聞いてる分には大好きで、なにかネタにならないかなんて思いながら聞いていたりします。
聞いてるとやはり思うわけです。「男のほうが女々しいな」と。

ある女の子に聞いた彼氏の話はなかなかのモノでした。
彼氏は年上なのに掃除洗濯料理など家事という家事はすべてやってくれるらしく、やろうとしても拒否するそうです。
この時点では別に一緒にやればいいのにぐらいは思うものの、女の子からしたら、家事をやってくれるなんてとてもいい彼氏なんだろうなと思います。
しかし更に話を聞いてみると、女の子が無断でどこかにでかけようものならメール、電話、の嵐、「だれか知らない男と浮気してるんじゃないか」なんて疑っちゃうわけです。
僕は束縛というものは、女々しい行動だと思います。
相手のことが好きで信じられる人ならば、なにをやっていても疑わずにいれるはずなのに、そうはいかないのです。実に女々しいです。
更に聞くとそこまで束縛する割には彼氏の方がフラッと女の子と遊んだりしちゃうそうで、それがバレた時には、「ただの友だちだ」と言い訳をする彼氏を、女の子は勢い余って胸ぐらを掴んだそうです。
すると彼氏は逆ギレしたり、やめさせたりすることはなく、ただただ胸ぐらを掴まれた状態で、号泣し始めたそうで、そこにはびっくりしたものの、怒りが収まらないその子は、まだまだ言い寄ると今度は号泣しながら土下座を始めたそうです。

もうこういう話を聞いてると同じ男として恥ずかしいを通り越して悲しくなってきます。
好きじゃないとそういった行動はできないものの、もっと女々しくないやり方で愛情表現をしてほしいと思うのでした。